ページトップ

プレスリリース

English version

診療における薬理遺伝学検査の運用に関する提言

2022年5月9日

● 背景

 薬理遺伝学検査は薬物応答に関する遺伝情報を扱う検査(遺伝学的検査)であり、一般診療においても個別化医療をけん引する技術として患者に恩恵をもたらしている。近年、薬理遺伝学検査の項目が増加しており、なかには保険診療として行われている項目もある。そこで、日本臨床薬理学会では、診療における薬理遺伝学検査のいっそうの普及と促進を図るため、本提言を行う。なお、本提言は診療における一般論を整理したものであり、個別の医療訴訟等の資料や根拠になるものではない。また、今後新規薬剤の開発やゲノム研究の発展に伴って薬理遺伝学検査の医療環境や科学的根拠が変化した場合には、本提言を改定する。

● 提言が対象とする薬理遺伝学検査

 本提言では、薬理遺伝学検査を「薬物応答に関して生殖細胞系列の遺伝情報を扱う検査(遺伝学的検査)」と定義したうえで、その検査結果が医療を必要とする遺伝性疾患の確定診断や発症リスク予測に関連しない項目の薬理遺伝学検査について、その運用を整理した。ここで言う「薬物応答」とは、薬物の体内動態(吸収・分布・代謝・排泄)及び作用(有効性及び副作用)である。また、「医療を必要とする遺伝性疾患」とは、生命予後や生活の質(Quality of Life,QOL)に直接影響するために治癒や症状緩和を目的とする治療が行われる疾患であり、発症予防や早期発見を目的とする医療介入を取り得る疾患も含む。一般に、これらの疾患に対する遺伝学的検査は遺伝カウンセリングの対象となる。
 薬理遺伝学(pharmacogenetics)は、厚生労働省による「ゲノム薬理学における用語集」(2008年)において、「ゲノム薬理学(pharmacogenomics)の一部であり、薬物応答と関連するDNA配列の変異に関する研究」と定義されている。日本医学会による「医療における遺伝学的検査・診断に関するガイドライン」(2011年)では、これらの定義を踏まえたうえで、薬理遺伝学検査を「薬物応答に関して生殖細胞系列の遺伝情報を取扱う検査」として定義している。
 近年の新規医薬品の開発によって、それまで疾患の診断や発症予測に用いられてきた遺伝学的検査の一部が治療薬の適応判断にも使用されるようになった(注1)。また、がん関連遺伝子の網羅的解析によって、本来の検査目的以外で生殖細胞系列の薬物応答に関連するバリアントの保有が明らかになる(二次的所見)ことがある。このような薬理遺伝学検査が疾患の診断や発症予測に関連する例は、ゲノム医療の発展とともに今後ますます増加すると予想される。したがって、今後の薬理遺伝学検査の運用では、それが薬物応答のみに関連するのか、医療を必要とする遺伝性疾患の確定診断や発症リスク予測にも関連するのかを明確にしなければならない。
 医療を必要とする遺伝性疾患の確定診断や発症リスク予測に関連しない項目の薬理遺伝学検査を表1に示す。
 一方、医療を必要とする遺伝性疾患の確定診断や発症リスク予測に関連する薬理遺伝学検査の運用には、「医療における遺伝学的検査・診断に関するガイドライン」(2022年改訂版)を適用する。また、医療を必要とする遺伝性疾患の確定診断や発症リスク予測に関連するしないに関わらず、薬理遺伝学検査を研究として実施する場合は「人を対象とする生命科学・医学系研究に関する倫理指針」(2021年)を適用する。

  (注1) 生殖細胞系列のBRCA1/2遺伝子の病的バリアントは遺伝性乳癌卵巣癌症候群(HBOC)の診
  断に用いられる。一方で、その病的バリアントはDNA相同組換え修復機能の異常の原因となり、
  白金製剤やPARP阻害薬の感受性と関連する。近年ではHBOC関連腫瘍である乳癌、卵巣癌、膵
  癌、前立腺癌の治療においてコンパニオン診断としてPARP阻害薬の適応判断に用いられる。ま
  た、腫瘍細胞の高頻度マイクロサテライト不安定性の診断は免疫チェックポイント阻害薬の適応
  判断に用いられるが、Lynch症候群スクリーニング目的にも使用される。遺伝学的検査によって
  MLH1/MSH2/MSH6/PMS2遺伝子バリアントが同定されればLynch症候群と診断される。

● 医療を必要とする遺伝性疾患の確定診断や発症リスク予測に関連しない項目の薬理遺伝学検査の特性と運用

 薬理遺伝学検査は、危険な副作用をもたらす薬物や有効性の乏しい薬物の投与の回避や適切な投与量の推定等によって患者の診療に有益な情報をもたらす。薬理遺伝学検査によって判明する生殖細胞系列の遺伝情報には、生涯変化しない、血縁者間で共有される点で、他の生殖細胞系列の遺伝情報と共通の特性が内在する。しかし、薬理遺伝学検査によって得られる遺伝情報が、医療を必要とする遺伝性疾患の確定診断や発症リスク予測に直接関連しなければ、検査の実施に際しては特別な倫理的配慮は不要であり、通常の診療と同様に運用できる。
 一方、薬理遺伝学検査によって得られる遺伝情報へのアクセスには特別な制限は必要ではないが、診療における薬理遺伝学検査のいっそうの普及と促進を図るためには、薬理遺伝学を専門としない医療者への教育・研修も必要である。

● 薬理遺伝学検査の実施

 薬理遺伝学検査の実施に際しては、医療法等で示された基準での品質・精度管理を確保するよう努める。

● インフォームドコンセント

 医療を必要とする遺伝性疾患の確定診断や発症リスク予測に関連しない項目の薬理遺伝学検査のうち、保険診療として実施される項目は、一般診療に対する包括同意の対象になる(表1)。したがって、通常の血液検査や侵襲の程度の低い治療・処置等の一般診療行為と同じように、包括同意のもとで、それぞれの検査や治療等について書面による説明と同意の手続きを行わずに実施できる(注2)。
 医療を必要とする遺伝性疾患の確定診断や発症リスク予測に関連しない項目の薬理遺伝学検査であっても、添付文書や診療ガイドライン等の記載にとどまる等、保険診療として実施されない項目(表1)は、正確で十分な情報(注3)を患者に伝え、患者はそれを理解し、かつ強制力や不当な誘因がない状態で同意していれば、一般診療で行う採血検査等と同様に実施できる。原則として口頭による説明を行い、口頭による同意を得る。口頭同意の内容、得られた遺伝情報とその後の対応を診療録(カルテ)に記載し、医療者間で共有して診療に使用できるようにする。但し、「人を対象とする生命科学・医学系研究に関する倫理指針」の対象となる研究の場合は、当該指針に従う。

  (注2) 包括同意では、一般診療で行われる侵襲の程度の低い診療行為を対象として、包括的に説
  明を行って同意を得る。初診患者に対して診療申込み時に文書を用いて包括的に説明を行って同
  意を得る方法や、ウェブサイトや院内掲示に施設の方針を通知してオプトアウトを利用する方法
  等がある。
  (注3) 検査名、目的と限界、内容と方法、期待される情報と必要性、予想される利益と不利益、
  検査を受けなかった場合の対応と他の方法、費用、セカンドオピニオン、遺伝カウンセリングを
  含む。

● 遺伝カウンセリング

 医療を必要とする遺伝性疾患の確定診断や発症リスク予測に関連しない項目の薬理遺伝学検査では、遺伝カウンセリングは必ずしも行わなくてもよいが、生殖細胞系列の遺伝情報を扱う検査であるため、担当医がその必要性があると判断した場合や患者が希望する場合などでは、適切な時期に遺伝カウンセリングを実施する。

● 個人情報の保護

 医療を必要とする遺伝性疾患の確定診断や発症リスク予測に関連するしないに関わらず、薬理遺伝学検査のオーダー(院内オーダリングシステムを含む)及び結果は診療情報であり、他の診療情報と同様に、医療者間で共有して診療に使用できるように診療録(カルテ)に記載し、要配慮個人情報として適切に管理する(注4)。

  (注4) 薬理遺伝学検査によって判明するDNAを構成する塩基の配列は、座位や塩基配列の数に
  よっては個人情報保護法(2017年)が定義する個人識別符号であり、要配慮個人情報に該当する。
  個人情報の保護に関する法律についてのガイドライン (通則編)   https://www.ppc.go.jp/personalinfo/legal/2009_guidelines_tsusoku/
   (最終アクセス2022年4月19日)

 
 
表1 医療を必要とする遺伝性疾患の確定診断や発症リスク予測に関連しない項目の薬理遺伝学検査

日本臨床薬理学会
学術委員会

ページトップへ